イスタンブール Istanbul
イスタンブール、旧コンスタンチノープルは、約1500年間に渡り世界史の重要な中心都市として繁栄した。
4世紀東西に分裂したローマ帝国の東の都となったコンスタンチノープルは、東ローマ帝国、ビザンチン帝国の帝都として15世紀を迎える。当時、すでにアナトリアに強力なイスラム帝国を興したオスマントルコは、1453年ついにコンスタンチノープルを攻め落とす。以後、コンスタンチノープルはイスタンブールと呼ばれ、20世紀、第一次世界大戦でオスマントルコ帝国が崩壊するまで、世界史の主要都市としての位置を占めていた。
その後のトルコ共和国は第二次大戦では中立の立場をとり、近代戦の戦火を免れたイスタンブールには、貴重な歴史遺産が数多く現在も残っており、その見学価値は極めて高い。
イスタンブールでは最少でも2〜3日は滞在したい。
アヤソフィア博物館
1453年、オスマントルコ帝国のスルタン、メフメット2世は、ビザンチンの聖地、アヤソソフィア聖堂に入場する。
彼は、聖堂の四方に4本のミナレットを付設し、正教の聖堂を、イスラムのモスクとして改造する。
現在、観光客の目から見ると、聖堂のドームと尖塔ミナレットに、特別な違和感はないが、ミナレットは、聖堂完成後、約1000年もの年月の後に付け加えられたものである。
アヤソフィア聖堂は現在は博物館となっており、イスタンブールの最も代表的な歴史遺産といえる。
アヤソフィアの内部
アヤソフィアの内部には、イスラム教の唯一神アラーや、預言者ムハマッド、後継カリフたちの名が大きく円盤に描かれ、上部の半ドームには、キリスト教の聖マリアや天使たちの姿が見られる。
これら聖堂の内部を飾っていたキリスト教のモザイクは、イスラム教下のもとで、すべて壁の下に塗り込まれたが、オスマン帝国崩壊後、修復中に再びその姿を現した。
アヤソフィア博物館の内部は暗く、視力のよくない人にはつらい。2階に昇れば、近くから見ることができる。
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